鉄腸野郎と昔の未公開映画を観てみよう!

鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!の別館。ここでは普通の映画史からは遠く隔たった、オルタナティブな"私"の映画史を綴ることを目的としています。主に旧作を紹介。

Uri Zohar&"Hole in the Moon"/夢はでっかくシオニズム国家再建説!

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"חור בלבנה" / "月に開いた穴" / (監督:Uri Zohar, イスラエル, 1964)

さて、皆さんはイスラエル映画史における重要人物Uri Zoharを知っているだろうか。彼はコメディアンとしてそのキャリアを始めた後に映画作家になり、イスラエルの重要な映画潮流である"New Sensitivity"の旗手として既存の映画文法に捕らわれない映画を製作する。彼は一躍時代の寵児となるのだが、何と突然ユダヤ教超正統派のラビに転向、多くの世俗的イスラエル人を改宗させるカリスマ的存在となる。そんなイスラエル映画界のトリックスターたる彼が、まず最初に完成させた長編映画が今回紹介する"Hole in the Moon"だ。

今作の主人公はツェルニクという男性だ。彼は移民としてイスラエルにやってきた後、新天地を求めて砂漠地帯の中心部へとやってくる。彼は誰もいないこの場所に店を建設し、自由気ままな生活を送りはじめる。

まず最初の印象としては、今作が明白なまでにヌーヴェルヴァーグに影響を受けているということだ。イスラエルの街並みや砂漠を背景として、ツェルニクは自由なる魂を疾走させる。その様がビビッドな撮影や、支離滅裂なまでに力強い編集によって描かれることで、今作はツェルニクの魂とそのまま共鳴することとなる。

そんな折、ツェルニクは同じく砂漠に店を立てる男性と出会うことになる。意気投合した彼らは互いの店に商品を売りあうことで、日常を過ごすのであるが、彼らはそれで満足することはなかった。そしてツェルニクたちが乗り出したのが映画製作だった! 彼らはイスラエル中から俳優やスタッフを集め、すぐさま撮影に取りかかる。

今作はいわゆる映画についての映画であり、この時代そんな作品は少なくなかったが、他と一線を画するのは序盤から分かるはずだ。西部劇や時代劇のセットで、俳優たちは狂ったように演技を行い、全身の毛穴という毛穴から狂気をブチ撒けていく。そして編集によって複数の映画撮影が並行で映しだされ、その衝撃をモロに受ける観客の眼球はオーバーヒートに晒されるのだ。

50年代のイスラエル映画界においては、ユダヤ人の民族的拠点の勃興と成長を寿ぐ、いわゆるシオニズム映画が隆盛を誇っていたそうである。今作"Hole in the Moon"はその流行を真っ向から風刺する作品であるという訳だ。劇中、アラブ人俳優たちが監督であるツェルニクたちに"俺たちにも善人役を与えてくれ!"と懇願する場面がある。シオニズム映画においてアラブ人たちは常に悪役だったのだ。そして相談の結果、ツェルニクたちは彼らに善人役を与える。不毛たる砂漠を耕しながら、シオニズムを礼賛する曲を高らかに歌う農夫役を。この毒のあまりの強さに、風刺のはずが笑えないことすら頻繁にあるのだ。

そして映画製作は続く。ある時、今作は撮影現場に集まってきた女性たちに迫るドキュメンタリーへと変貌する。インタビュアーは彼女たちに"何故、女優になりたいのですか?"と質問するのだが、"有名になりたいから!"など曖昧な返事が返ってくると"それは何故?"と執拗に詰問を続けるのだ。そうして引きだされる女性たちの言葉は頗る空虚なものであり、この映画製作自体も空虚なもののように思えてくる訳である(そしてこの場面に適用されているのはいわゆるシネマ・ヴェリテという技法であり、当時の映画界において支配的だったこの技法すらも揶揄するような作劇となっている)

先述したが、映画についての映画というのはこの時代少なくない。例えば"Hole in the Moon"がオマージュを捧げるヌーヴェルヴァーグにおいても、トリュフォーの「アメリカの夜」やゴダールの「軽蔑」がそんな作品と言えるだろう。未来にも同種の映画は多く制作されるが、今作はその中でも壮絶さでは頭一つ抜けている。洪水のように観客の網膜に流れこむイメージ、一貫性を一切排した爆裂的な支離滅裂さ、そして最も強烈なのがイスラエルという呪われた国家への痛烈な批判である。

映画製作が展開していくにつれて、シオニズムを核とした映画世界が加速度的に拡大していくのを私たちは感じるだろう。それはまるで砂漠のど真ん中に再び、しかしもっと激烈で強靭なるシオニズム国家を作りあげようとでもいう風だ。その試みは様々な障害にブチ当たり、時には劇的に打ち砕かれる時もありながら、最後には偉大なる復活を遂げるのである。

"Hole in the Moon"は忌まわしき国家イスラエルの心臓を打ち抜かんとする試みに溢れた野心的な作品である。しかしイスラエルはそう簡単に崩壊することはない。その頭蓋骨のごとく荒涼たる砂漠に世界を打ちたち、そして叫ぶのである。イスラエル人の誇りは砕けることはない!と。

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