鉄腸野郎と昔の未公開映画を観てみよう!

鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!の別館。ここでは普通の映画史からは遠く隔たった、オルタナティブな"私"の映画史を綴ることを目的としています。主に旧作を紹介。

Pablo Salguero&“La apuesta”/コスタリカ、移りゆく時代

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“La apuesta” / “賭け” (Pablo Salguero, 1968, コスタリカ)

今作のあらすじはとある2人の男が、1人の女性をめぐって反目、彼女をめぐり自身の故郷からリモンという町までレース勝負を繰り広げるというシンプルなものである。だが興味深いのはそんな男たちの珍道中を、何故かドキュメンタリー形式で描きだすというところだ。登場人物たちの音声は流れない代わりに、そこへ注釈や説明を付け加えるように常にナレーションが続き、何とも牧歌的なレースが巻き起こっていくのである。

そしてコメディ映画としての要素も詰めこんである。レースはコスタリカ全土を股にかける訳だが、そこにはほぼ剥き出しの自然という悪路がどこまでも広がっており、鬱蒼たる森林に進路を阻まれるわ、泥流やら大河に嵌まりこむわと酷い状況が続く。そこを強引に突破しようとするのだから、ある種当然の報いとしてヤバいことになり、こちらとしては苦笑せざるを得ない。その様は何ともお気楽で、いい意味でくだらない。

だがこれをドキュメンタリー視点で見ると意味が変わってくる。舞台となる60年代後半において、コスタリカの経済は発展途上にあり、インフラ整備もきちんと行き届いているとはお世辞にも言えなかった。そして当時ちょうど巨大な高速道路の建設が進んでいたのだが、撮影スタッフはそれに沿って映画製作を行っていたらしい。そういったインフラ整備の過渡期をカメラは現在進行形で映し出していた意味で、ドキュメンタリーとして相当の価値がある訳だ。

この意味で映画には幾つもの印象的な風景が刻みこまれている。主人公たちの故郷である村は素朴な佇まいで、自然との飾らない共生が見えてくる。逆に首都であるサン・ホセはこの時点でもかなり開発が進んでおり、洗練された街並みや、住宅や役所などの建築も趣深い。とはいえ一旦外へ出ると、手付かずの豊かな熱帯雨林がどこまでも広がっている。世界そのものとしてそこに在る自然が印象的なのはもちろん、ここをブチ抜く線路や疾走の列車など人工物が徐々に入りこんでいる様も興味深かったりする。

少しコスタリカ映画界について記すと、90-2000年代の以前は経済状況も相まってほとんど映画が製作されないという状況が続いていた。30年代にイタリア人監督がこの地でパラグアイにおいて初の長編映画を製作してからその時期まで、全体を通しても長編の本数が20-30本、もしくはそれ以下という日本では考えられない状況があったのだ。そこからゆっくりと映画産業が成長を始め、2010年代においては他に類を見ないほどの女性監督の大躍進など面白い現象が現れることになる。これに関しては本館の鉄腸マガジンで、コスタリカ映画批評家コスタリカ映画史インタビューを、後々お届けしたいと思っている。まあ、この記事はその前哨戦といったものだ。

監督のPablo Salguero パブロ・サルゲロは映画監督としては勿論、コスタリカの現代史ひいては文化史そのものにとっても重要な人物だ。映画監督、作家、ジャーナリスト、写真家などなど八面六臂の大活躍を遂げ、政治家としても活動したという多面的な才能を持った存在だった。そしてこの活動の一環として作りあげた映画が“La apuesta”だったという流れがある。おそらく移りゆくコスタリカを捉え、映像として残す、そんな試みでもあったんだろう。

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