鉄腸野郎と昔の未公開映画を観てみよう!

鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!の別館。ここでは普通の映画史からは遠く隔たった、オルタナティブな"私"の映画史を綴ることを目的としています。主に旧作を紹介。

Sandra Eleta&“El imperio nos visita nuevamente”/パナマ、帝国が今再び


“El imperio nos visita nuevamente” / “帝国が私たちのもとに再びやってくる” (Sandra Eleta, 1990, パナマ)

中米の1国パナマは、パナマ運河の使用権を持つアメリカの実質的支配下にあり続けていた。それに対して1983年から軍事政権のトップについたパナマ軍最高司令官マヌエル・ノリエガは反米的姿勢をとり、アメリカはこれに加えて麻薬の不正浄化などを目的に掲げ、1989年から1990年にかけてパナマへと軍事侵攻を行う。いわゆるパナマ侵攻である。これによってパナマは甚大な被害を受けたが、今回紹介する中編ドキュフィクション“El imperio nos visita nuevamente”は、この侵攻直後にパナマ人監督によって撮影された数少ないパナマ映画となっている。

と言うとかなり深刻な映画を想像するかもしれないが、少なくとも前半においてその予想は裏切られる。主人公は1人の若者であり、彼は何の変化もない日常にウンザリしまくっている。俳優たちは全員素人らしく演技はかなり棒だ。ここではそれがむしろ人々の鬱屈に現実味を与えている、気がする。

そんな鬱屈を吹っ飛ばすために、彼はある夜ダンスパーティに赴くこととなる。ここにはとんでもなくエキセントリックな民族衣装を身に纏う若者たちが勢揃いしており、とにかくはしゃぎ回っている。若者もここで躍り狂うのだが、そこに白人女性が現れ、物珍しそうに写真を撮っていく。いい気分になり彼女をナンパしようとするのだが彼女の態度は豹変、こっぴどく拒否られ彼は1人残される。

そこにつけこむ存在が……悪魔である。比喩ではなくマジの悪魔である。傷ついた若者を悪の道に誘いこむかと思うと、見る間に悪魔崇拝者へと仕立てあげてしまう。そこからはもう悪魔の憑依に、世界観すら捻り曲がって脈絡もなしに部族間抗争みたいなものまで始まってさあ大変。正直、やりたい放題すぎて呆然としてしまう。

出てくる俳優全員が演技が下手くそなのはもちろんだが、監督も劇映画を演出するのに全然馴れていないのが明白で、前半は全体的にハリボテ感が漂う。だが悪魔崇拝のテンションだけはマジでたけえ、こういう辺りは昔ビデオレンタル店にたくさん並べられていた「エクソシスト」のパクり的な、Z級悪魔ホラーを彷彿とさせる。呆然とは私も確かにしたのだが、こういう映画はかなり好きなので正直観ていて満更でもない気分だった。

しかし途中から作風がガラリと変わる。現れるのはフッテージ映像の数々だ。アメリカ軍がパナマに爆撃を行い、兵士たちが銃を乱射する。大地では家屋が爆炎に包まれ燃え盛り、そしてパナマの人々の死体が転がっている。正にパナマ侵攻の真っ只中で撮影された映像が矢継ぎ早に浮かんでは消え、前半の拙さに苦笑していた私は呆然と言葉を失わざるを得なかった。

そしてフッテージ映像の合間には、監督らがパナマ侵攻を生き残った人々に行ったインタビューが挿入される。彼らはカメラに向かって侵攻の傷跡、目撃してしまった死について語っていく。後半においてはそんな悲痛な証言、そして映像が延々と、永遠と続いていくのである。前半の能天気さから一転、落差があまりにも激しく私も思わず狼狽せざるをえなかった。

“El imperio nos visita nuevamente”はZ級映画も斯くやの妙なフィクションと胸詰まるほど悲痛なドキュメンタリーの2つで構成された作品であり、その異質な構成は実験映画と呼ぶ方が相応しいかもしれない。そしてこの異様にして鮮烈な飛躍こそ、パナマの人々の心に刻まれた傷を何より鮮烈に表しているのかもしれない。すこぶる難しい1作だ。