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鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!の別館。ここでは普通の映画史からは遠く隔たった、オルタナティブな"私"の映画史を綴ることを目的としています。主に旧作を紹介。

Ingrid Thulin&"Brusten himmel"/スウェーデン、ほのかな絶望の輝き

 

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"Brusten himmel / ひび割れた空" (監督:Ingrid Thulin, スウェーデン, 1982)

舞台は1940年代のスウェーデン北部、エリカという13歳の少女は家族と一緒に静かな暮らしを送っていた。しかし彼らは皆人生というものに落胆と幻滅を抱いており、生活の中に喜びはない。この日も夫婦喧嘩を繰り広げる両親にウンザリしたエリカは、祖母の家へと逃げていく。

今作は40年代スウェーデン(監督が実際に10代を過ごしていた時代でもある)の様子を克明に描きだしている。雪が降り積もっている故に移動手段はスキー、光り輝くおもちゃ屋の様子とおもちゃすら満足に買えないエリカの表情、祖母と交流する時の束の間の温もり。しかし最も際立つのはやはりエリカの家族を包みこむ貧困だ。まるで真綿で首を絞められるような不可視の貧困が彼らを深く疲弊させていく。

エリカたちは幸福ではないが、全面的に不幸という訳でもないという狭間の状況にある。だがだからこそ落胆と幻滅に塗り潰された彼らの生活は緩慢な自殺のように思える。父は酒に溺れ、時おり目も当てられない醜態を晒し、母はそれに対して露骨な軽蔑を隠さない。その中でエリカの心は静かに死んでいく。

ここにおいてエリカは現実から逃れようと、想像の世界へと逃げだそうとする。ここで魔術的リアリズムの世界が現れるかと思えば、彼女の想像力は現実の酷薄さに打ち勝つことができない。彼女の目前には常に寒々しい雪と大地が広がるばかりで、想像の萌芽が少しでも見えることがない。あるのは淀んだ絶望ばかりだ。

それでもエリカの心を尻目に、時は過ぎていく。冬の白の中でエリカは必死に凍てつきを耐え続ける。夏の緑の中でエリカは友人たちと煌めく自然を楽しみながら、そこには哀しみが否応なく付きまとう。そして美しく時は過ぎていき、エリカは自身の人生において何かの終りが迫っていることを知るのだ。

今作はベルイマンの諸作で名高い、スウェーデンの大俳優イングリッド・チューリンが残した最初で最後の長編監督作である。他には短編とオムニバス短編集の1編しか監督していないが、今作は巨匠の練熟を持ち合わせた盤石の1作であり、おそらくベルイマンらの撮影現場で様々なことを学んできた故の力量なのだろう。今作の後に監督作を何も残さなかったことは余りにも惜しい。そして本国においてもあまり有名ではないようである。それでも、この"Brusten himmel"は間違いなくスウェーデン映画史に残る傑作、ほのかで忘れがたい絶望の輝きである。

Brusten himmel SVT1 HD 27 jul 23:25 måndag - allatvkanaler.se